つらくない抗がん剤治療もあるのですか?

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今回も、中学生からの質問です。

 「抗がん剤治療はつらいという話を聞きますが、楽にできる抗がん剤もあるのですか?」

副作用の出方は、一人ひとり違う

 がんになったら抗がん剤を使うということは、よく知られていますね。ただ、つらい副作用をもたらす悪いイメージが先行していると思います。髪の毛が抜けて、ゲーゲーと吐き、食欲もなくなって、やせてしまい、ぐったりと横になって過ごしている――というのが典型的なイメージでしょうか。

 確かに、抗がん剤は、世の中に存在する薬剤の中でも副作用が強い方であるのは間違いありません。でも、副作用の出方や程度は、使う抗がん剤によっても違いますし、同じ抗がん剤でも、患者さん一人ひとりで違います。生活に支障が出て仕事を休むことになる方もいますし、普通に生活し、仕事を続けながら抗がん剤治療を続けている方もいます。

 副作用を和らげる「支持療法」も進歩していて、吐き気などは以前よりもだいぶ抑えられるようになっています。見た目(アピアランス)のケアや、気持ちのつらさのケアなども含め、様々な形で、患者さんを支える仕組みもできてきました。

分子標的治療薬や免疫チェックポイント阻害薬は

 副作用が比較的軽い抗がん剤も増えています。抗がん剤とは、狭義では、細胞を無差別に攻撃するような「殺細胞性抗がん剤」を指しますが、広義では、がんを抑えるために用いる薬剤の総称で、「分子標的治療薬」や「免疫チェックポイント阻害薬」や「ホルモン療法」なども含みます。

 分子標的治療薬は、がん細胞に特徴的な分子に狙いを定め、がん細胞だけに作用することを意図して作られた薬剤です。正常細胞も無差別に攻撃してしまう抗がん剤よりも副作用が軽いとされています。体全体の免疫に作用する免疫チェックポイント阻害薬や、ホルモン環境に作用するホルモン療法も、比較的副作用は軽めです。

 近年開発される広義の抗がん剤の主流は、分子標的治療薬や免疫チェックポイント阻害薬で、患者さんに比較的やさしい治療が増えていることになります。ただし、分子標的治療薬や免疫チェックポイント阻害薬でも、つらい副作用や、命にかかわるような重篤な副作用を起こすことはあり、どの薬剤を使うときも慎重な対応が求められます。

 

マイナスを上回るプラス面を期待して

 副作用の軽い薬剤が増えつつあり、副作用を和らげる方法も進歩していますが、それでも、副作用をゼロにできるわけではありません。唯一、副作用をゼロにする方法があるとすれば、それは、「抗がん剤治療をやらないこと」です。

 ただ、ここまでの説明では、大事なことが抜けています。治療によって得られるプラス面です。副作用というマイナス面だけを考えるのではなく、プラス面とのバランスで考えることが重要です。

 「抗がん剤にはつらい副作用がある」というのは事実で、そんな治療を好んでやりたいという人はまずいないでしょう。それでも治療を受けるのは、マイナスを上回るプラスがあることを期待しているからです。抗がん剤がつらいだけで、好きなこともできなくなってしまうのであれば、そんな治療はやらない方がよいに決まっています。治療は、何らかの目標に近づくためにやるものですので、自分が何を大事にしたいのか、どのように過ごしたいかという思いがなければ、治療を選択することはできません。

治療で何を目指すのか

 仕事を続けることを一番大事にしたいのであれば、仕事を続けるのにマイナスになってしまうような治療は見送った方がよいでしょう。でも、抗がん剤で病気を抑えることが、長期的に見たら、仕事を続けるのにプラスにはたらく可能性もありますので、長期の予測も含めたプラスとマイナスのバランスで判断する必要があります。

 「いい状態で穏やかに過ごすこと」が目標であるならば、その目標に近づけていることを実感しながら抗がん剤治療を受けるのが理想です。

 もし、何もプラスを感じられないのであれば、治療中止も考えるべきでしょう。

 「担当医がやった方がよいと勧めているから」

 「これが標準治療だと言われたから」

 というだけで、何のために治療しているのかを理解しないまま漫然と治療を受けていると、つらい副作用というマイナス面だけが際立ってしまいます。目指すべき目標があって、それに見合ったつらさだと思えるかどうかが重要です。

 もし、今受けている治療がつらいだけだと思っている患者さんがいるとすれば、それを担当医に伝え、よく話し合うことをお勧めします。つらさを上回るプラスがあることを説明してくれるかもしれませんし、プラスを感じられないのであれば、やっぱり中止が妥当なのだと思います。

 

治療をしないことがプラスになることも

 病状によって考え方は多少異なります。

 早期がんの術後に、再発予防のために受ける抗がん剤治療は、今はつらい思いをするとしても、再発を防ぐことで将来得られるものが、マイナスを上回るかどうかで考える必要があります。

 遠隔転移のある進行がんで、がんに伴う症状がある患者さんは、抗がん剤治療を受けることで症状が改善しているか、副作用も含めて総合的に体調が上向いているか、それを本人がプラスと実感できているかどうかが、治療を継続すべきかどうかを判断する重要なポイントとなります。

 進行がんなら何らかの治療をしていて当然、ということはなく、治療をお休みするという選択肢は常にあります。今受けている治療がマイナスになっていると感じるのであれば、その治療は休んだ方がよいでしょう。

 薬は単なる道具であって、「プラスになるなら使う、そうでないなら使わない」のが原則です。「何か治療をしていなければいけない」という前提で考えると、治療をしないことは、「あきらめ」のように感じてしまいがちですが、あきらめたくないからと、つらいだけの治療を続けてしまうのは得策ではありません。マイナスになる治療をしないことの方がプラスであって、それはけっして何かをあきらめるということではなく、「いい状態で穏やかに過ごす」ための積極的な選択です。

 総合的に「楽な」状態を目指すのが医療の本質であり、抗がん剤でそれが得られるなら積極的に使い、逆行してしまうなら、「つらい抗がん剤治療」をしないのが得策です。そして、抗がん剤を使っていても使っていなくても、積極的に緩和ケアを行うことで、より「楽な」状態を目指すことができます。

楽に過ごせるような選択を

 「楽にできる抗がん剤もあるのですか?」という質問には、こう答えたいと思います。

 「つらい抗がん剤」と「楽な抗がん剤」があるということではありません。「つらい」状態を和らげ、「楽な」状態を目指すために使う道具の一つが抗がん剤であって、重要なのは、その使い方です。抗がん剤を使えば楽になる、というのが本来の使い方ですし、抗がん剤をお休みする方が「楽な」状態であれば、休んだ方がよいわけです。「つらいだけだけど、やらなければいけないもの」というイメージを (ふっ)(しょく) できるように、抗がん剤の適切な使い方を考えていきたいですね。(高野利実 がん研有明病院院長補佐)